沿革

■ 沿革(ヒストリー)

1992年、もんじゃ焼きと駄菓子の店「東京もんじゃ村」を開業。
人が集まり、食を通じて時間を共有する場づくりからスタートする。

1994年には2号店を開店。
地域に根ざした店舗として広がりを見せる。

1995年、阪神・淡路大震災。
長田区にて、もんじゃ焼きの炊き出しを実施。
食は、日常だけでなく、非常時にも人を支える力になることを実感する。

1999年、もんじゃ村店内でなつかしの学校給食メニューの提供を開始。
「あげぱん」など、懐かしい給食の味が支持され、
雑誌・テレビなど各メディアでも取り上げられる。

2000年、なつかしの給食の通信販売を開始。
店舗の枠を越え、全国へと展開。

2005年、リベージュインターナショナル有限会社を設立。資本金300万円
事業基盤を整え、本格的な展開へと移行する。

2006年、キッチンカー「あげぱん屋 給食のおばさん」フランチャイズ1号店を開業。
お客を待つ商売から、お客のもとへ届ける商売スタイルへ挑戦。
以降、出店を重ね、事業は拡大していく。

2008年4月「東京もんじゃ村」を閉店。
同年5月なつかしの給食をコンセプトにした「給食のおばさんカフェテリア」を開業し、次のステージへ。

2010年〜2011年にかけて出店を加速。
店舗網を広げ、ブランドとしての基盤を強化する。

2011年、東日本大震災。
2012年 フランチャイズ5号店が自らも被災しながら宮城県東松島市仮設住宅にて避難者へあげぱんを無料配布を実施。
NHKの取材を受ける。
同年 女川町避難先のホテルにて、フランチャイズ4号店が避難者へあげぱんを無料配布を実施。
過去の経験を礎に、再び食で支援を行う。

2015年、増資により資本金1,050万円へ。
体制を強化し、持続的な成長へ。

2015年、キッチンカーの自社制作を開始。
運営から製造までを一体化し、独自の展開力を確立する。

2021年以降も出店を重ね、22号店まで拡大。
日常の中に根付く存在へと進化する。

2025年、キッチンカーのダブルフライヤーおよびダブル販売窓口を開発。
現場の効率と提供力を高める仕組みを構築。

そして2026年、
「マケズメシ」ブランドを立ち上げる。

食事は、ただ満たすものではない。
一食一食に意思を込め、昨日の自分に負けないための行動へ。

これまでの歩みを土台に、
食を通じて、人の意識と日常を支える取り組みは続いていく。